坂 高麗左衛門

坂高麗左衛門は、山口県萩市に代々続く萩焼の名跡であり、初代は朝鮮から渡来した陶工とされている。寛永二年(1625年)から「高麗左衛門」を名乗り、江戸時代を通じて、代々御用焼物師として仕えた。萩焼は素朴で柔らかな風合いと、使うほどに表情を変える「萩の七化け」と呼ばれる特性があり、古くから茶人に愛されてきた。藩の御用窯として萩焼の伝統を守り、技術を受け継いできた坂家は、現在十五代目が当主であり、伝統を継承しながら現代の感性も取り入れて制作を行っている。作品は国内外で高く評価されており、萩焼を代表する陶工として、今もなお重要な役割を果たしている。

 


坂高麗左衛門の作品は、萩焼の伝統を受け継ぎつつ、素朴で温かみのある風合いが特徴である。釉薬は淡い白や桃色を基調とし、貫入と呼ばれる細かなひび模様が入り、使うほどに色や質感が変化する「萩の七化け」を楽しめる。造形は装飾を控えた端正な形が多く、静けさと品格を感じさせる。主に茶道具を中心に制作されてきたが、現代では日常の器にも展開しており、用と美を兼ね備えた作品として高く評価されている。坂家の作品は、使うことで初めて完成に近づくとされ、日々の暮らしの中でその魅力が深まる。伝統に根ざしながらも各代ごとの感性を反映し、時代に応じた表現を追求してきた姿勢が、今も多くの人々を惹きつけている。

萩焼坂窯は、山口県萩市にある萩焼の代表的な窯元で、坂高麗左衛門の名跡を継承する陶家である。初代は朝鮮から渡来した陶工で、江戸時代初期に萩で窯を開き、萩焼の礎を築いた。坂窯は藩御用窯として栄え、茶道具を中心に制作を続けてきた。萩焼は素朴な土味と、使うほどに風合いが変化する「萩の七化け」で知られ、「一楽、二萩、三唐津」と呼ばれ、茶人たちに愛された。坂窯は代々その伝統を守り続け、現在は十五代坂高麗左衛門が当主を務めている。